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垂乳根の・・・
3/30の夜。
仲良しの同僚たちと呑んでいると、父親から電話。
母、危篤。
え?
あわてて代行を呼び帰宅。
妻の車で県北のとある病院まで。
心臓は動いていたが、
母はもう、
生きている人間というよりも、
機械か何かで動かされている物体のような、
そんな状態になっていた。
母の耳元に、いろいろと叫んでみたけれど、
私はもう、すべてをさとった。
日付はすでに替わり、31日になっていた。
母の心臓はそれから2時間くらいは動き、
東京に住む兄が到着するまで生きていてくれた。
兄が耳元で叫ぶと、
母の心臓がトントントントンと素早く打った。
きっと、声が届いたのだ。
そしてそれから、心臓の動きはまばらになり、
10分もしないうちに動かなくなった。
兄の到着後、30分で母は旅立ってしまった。
兄の到着を待って、母は旅立った。
私の、偉大なる母が、死んでしまった。
もっと親孝行すれば良かった。
もっといろんなところに連れて行ってあげたかった。
もっとおいしいものを食べさせてあげたかった。
もっと私が頑張っているところを見せてあげたかった。
心配ばかりかけ、
苦労ばかりさせ、
つらい病気と闘い、
息子二人とも外に出てしまって、
私はなんて親不孝な息子だろう。
母が死んでしまった。
家に帰っても、「おかえり」と言うあのソプラノの声はもう聞けない。
私の、偉大なる母が、死んでしまった。
おかあさん。ありがとう。
2011/04/05 (Tue.) Comment(0) 未選択
