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自立心
勤務校の部活。
今日は部員たちがパー練をやりたいというので
ヴォイストレーニング終了後から合わせなしのパー練。
1年半、うちの生徒たちは
手塩にかけなければ
高いところに登れないと思い込んでいた。
でも、そんなことはない。
そんな風に思ってしまっては、
生徒たちの力を信じない顧問になってしまう。
卒業した子たちも、
引退した愛する3年生も、
もっともっと、自分たちだけの力で
立ち上がり、歩き、そして走り、
もっともっと高いところへ
登っていきたかったに違いない。
顧問が未熟なため、
その道を遮ったのかも知れない。
だから新人たちには、
あんまり手塩にかけないようにしている。
・・・つもり。
勝手に、そしてしっかりと体操と発声練習をし、
勝手に、そしてしっかりとパー練をしている。
気になるのは、準備と後片付けが下手なことかなぁ^_^;
相変わらず、音楽室の掃除はしていない印象だし。
今日は準備室でソプラノがパー練をしていたが、
なかなかいい練習をしていた。
そこ、もっとこうした方が・・・
って、どうしても思ってしまうので、
意図的に耳を傾けずに内職していたけれど、
それでも、いい練習をしているっていうのは
よく伝わってくる。
もっともっと自立して、
もっともっと強くなって欲しいな。
顧問のコーラス部ではない。
部員たちのコーラス部なのだ。
もう、誰もやめるなよ。
誰か一人やめると、
顧問は帰りの車の中で、
ものすごく落ち込んで、
事故りそうになるのだから。
そして、来年は、
また関東大会に出場しような!
そしてその次、全国へ!!
顧問の力ではなく、
部員たちの力で、全国へ!!!
2010/12/29 (Wed.) Comment(0) 勤務校
2010
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2010
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部活再開
やっと部活再開。
いろいろと仕事があり、開始時刻には間に合わなかったが、準備室に戻るとすでに部員たちによる発声練習が始まっていた。
なぜだろう。準備室で、隣の音楽室からきこえる生徒たちの歌声を聴いていると、何か心にこみあげるものがある。それは、真剣な練習の声だったり、遊びでハモる声だったり、黙々と取り組む個人練習だったり、種類はいろいろだが、その声に何度癒され、何度泣かされたことか。
私にとって歌声とは、心が帰っていくべき「巣」のようなものなのかもしれない。
今思い出したことがある。小学生も高学年になった頃、どうしても母親が歌う子守歌「ねんねんころりよ」が聴きたくて、母に歌うようせびったことがあった。困惑しながら母は歌ってくれたが、あのとき私は、自分が乳児の頃の母の歌声の記憶を辿っていたはずだ。
ノスタルジー。
周りの世界のあらゆる音は一切聞こえない。母の歌う子守歌だけが聞こえる。ほどよく抑制の利いた、息混じりのピアニッシモ。温もり。安心感。
私の中の音楽の原点は、ひょっとすると母の歌う子守歌だったのかもしれない。
音楽室と壁一枚隔てて聞こえてくる歌声が、何らかのフィルターを通して、私の原体験を呼び覚ましているのだろうか。とにかく、私は音楽室からきこえてくる歌声に、メロメロに弱い。
ところが不思議と、音楽室で間近で彼女達の声に接すると、もう現実しか見えなくなるのだ。音楽に本気で取り組もうとする意識が、鬼のような感情が、むらむらと盛り上がってくる。
自分でもわけがわからない。
とにもかくにも、部活再開だ。明日からは、授業も再開だな。
2010/10/20 (Wed.) Comment(0) 勤務校
2010
09
20
3年生引退式
受験戦争まっただ中の3年生。愛する3年生。
君たちは今、前後左右見渡す限り、陸地など見つけることの出来ない大海原にポーンと投げ出された。大人になるための最初の関門をくぐり抜けるため、母なる大地から遠ざかるため、一人海の上に筏を浮かべている。
そこで何をするべきか。
黄金の国ジパングを夢見て波に揺られるか。絶対にまっすぐしか進まないと決めてかかって、ただただ直進するのか。
それとも自分が置かれた状況をよく理解し、今やってきた波、今吹いている風を柔軟にかわし、利用しながら、舟をこぎ、帆を張る準備をし、昼に食べる魚のために釣り糸を垂らすべきなのか。
絶不調の自分がいるとする。絶不調の自分を想定してみよう。模試でケアレスミスをし、まぐれで正解できた問題がひとつもなく、得意科目すらミス連発で思うような点が取れない。それが今の自分のレベルだ。そこが今の0地点。その0地点から一歩進むためにはどうすればよいのか。これこそが、勝利を掴むための正攻法だ。0を1にすること。これの積み重ね。
0地点にいて、100歩先のことを夢見ても、辿り着くことはまずできない。絶対に100歩先にいくのだと頑なになってみても、心が固くなって一歩が踏み出せずに終わってしまうことが多いものだ。
一歩進んでみてはじめて、その地点に吹く風にあたることができる。そのときに、方向修正をすることもできる。100歩先の夢が大きく変わることだって大いにある。
一歩を踏み出すことを夢見よう。一歩を描き続けよう。筆をさしてみたら色がにじんでしまった。そうしたらまた別の色にと方向修正してみよう。
数ヶ月後、辿り着いた先が、島とすら呼べない岩の塊だったということもあるだろう。あるいはまた大海原に舞い戻る選択肢だってあるかもしれない。それでも、また一歩を漕ぎ出す勇気さえあれば、必ずや君の陸地に辿り着く。
大海原に一人きり。つらいつらい日々が続くはず。だけど、一歩ずつ進んでいくうちに舟をこぐかいを手に入れ風を受ける帆を手に入れることがあるだろう。すると航海も楽しくなるものだ。途中、嵐に遭うかも知れない。海賊船に遭遇するかもしれない。そんなときは、逃げずに戦ってみよう。
そして、どうしてもダメなときは、音楽室・準備室に来て、ため息を吐き出していくこと。
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今日は、愛する3年生の引退式だった。
だめだなぁ。花粉がひどくて、涙が出てしまったな。。。しかし、楽しいひとときだった。
2010/09/20 (Mon.) Comment(0) 勤務校
