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2017/08/16 (Wed.)

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Mehr Licht!

勤務校の自由曲で、個人的に暗譜があやふやな部分があるのでさっきまで机の上でリーディング。コンクール直前ともなると、楽譜を眺めるとすぐに勤務校なりL団なりの声が頭の中に鳴り響く。


ただし、かなり浄化された状態で鳴り響くのでクセモノだったり。


今日の部活。昨日と比べてずいぶんと整理された音が鳴った上に、練習の雰囲気がよいので、活を入れるような練習にはせず、いい雰囲気を活かしつつ練習を展開。


これだけ練習を積んでいるのだ。自信たっぷりで本番に臨んで欲しいものだ。もちろん、課題はまだまだ山積み。だけど、課題がなくなることなんてないのだ。上には上がいるし、音楽に最終形はないのだから、現時点で最高の音楽を奏でられるよう、毎回毎回、真剣勝負をしていくのが吉。


ところで、今日の練習の最後にふと思った。この子たちは、自分たちが歌う音楽を、音符レベルできちっと理解しているのかどうか。そこでちょっと問いかけてみた。楽譜を適当に開き、その頁をあてずっぽうに指さす。差した小節の音楽について、そこがどういう音楽でどう表現すればいいのか答えられるかどうか、と。部員たち、半分くらいは自信を持っている印象。


自分たちが歌う音楽に光を照らすのが指揮者の役目。夏の練習ではそういう練習をしてきたつもりなので、それがそこそこ生きてきているのかもしれない。とにかく、なんだかわからないけれど・・・的な部分がないよう、もっともっと光を照らしてあげないといけない。


また、もっと緻密に、もっと精密に音楽を作り込まないと、県内の強豪校に太刀打ちできない。イコール、関東では通用しないし、全国なんて夢のまた夢だ。


それにしても生徒たちは本当によくやっている。ひたむきさが素晴らしい。如何せん、自分たちは二番目、三番目だ、と無意識に思い込んでいる面があるところが惜しい。もっとプライドを持とう。高嶺の花になる勢いでいい。


「あなたたち、私の前にひざまずきなさい。」

↑これくらいの気概があっていいかも♪




さぁ、明日はOG1年生たちが応援にやってくる。後輩たちをたっぷり励ましてくれるに違いない。


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2010/08/18 (Wed.) Comment(0) 指揮者の独り言

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バカンス終了

短いサマーバケーションであった。バカンスの一コマは、一つ前の記事に4コマレポート(?)しておいた。さぁ、今日からまた仕事!今日は、夏期特別休暇を取りながら、部活をみるために出勤。次回の休暇は、たぶん、9月12日だ。


さて、コーラス部はお盆明け、顧問不在の昨日から始動。昨日はどんな練習をしたのだろうか?正直言って今日はあまりぱっとしない印象。とは言え、今日は早退・遅刻・欠席者が少なからずあって、フルメンバーではなかったことは確か。だから厳しいことは言わなかったが、今日のような音が明日も鳴るのであればちょっとヤバい。


メンバーが揃っているってとっても重要だ。もちろん、受験をひかえた3年生は別だが、1~2年生が全員揃っていないのは難しい問題だ。顧問としては、「メンバーが納得する欠席、遅刻・早退は可。」と伝えてある。このことを安易に受け止めている部員はいない。それでもやはり、本番が間近の状況においては、万障繰り合わせて出席第一の姿勢になって欲しいというのが本音。


L団もしかり。


特に日曜の団員練習。万障繰り合わせて、10分でも20分でも出席して欲しい。L団は一般団体。中学高校と比べて練習の絶対量が少ないのだから、一回一回の練習を大切にして欲しい。





そう。


もう本番間近なのだ。本気モードにならなくてはならない。コンクールに出場するわけだ。関東に推薦されることだけが、本当の「結果」だ。勝つことだけが美しいのだ。


指揮者なんて、美しくなければ存在している価値などない。


共に演奏する仲間と共に、美しく美しく輝きたい。美しい音楽を奏でる集団の、なんと美しいことか。美しい声、美しい音、美しい音楽。美しい藝術。


美しい姿勢。美しい表情。美しい生き方。




美しくなければ、美しくあろうとしなければ、存在している価値などない。



私にとっては、ね。


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2010/08/17 (Tue.) Comment(0) 指揮者の独り言

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妥協

勤務校コーラス部は、昨日からホール練習3連戦である。


先週の合宿から引き続いての強化練習。ここである程度の上積みがなければ、夏の大会は勝ち抜けない。短い夏で終わること必至。


俺、心が弱いからなぁ。まぁ、この辺でいいかって、ちょっと弱気になることがしばしば。


これ以上、キレた物言いをすれば、生徒の心が離れていってしまうだろうか、とか、これ以上突っこんだことを言っても、生徒には理解してもらえないだろうか、だとか。


ところが生徒たち、思った以上によくついてきている。もしかするとこの子たち、想像以上に打たれ強いのかもしれない!?


県を抜けるにはあと一歩。


あしたのホール練をしっかりやって、お盆休み明けの練習で占ってみよう。抜けるか否かの状態でコンクールに臨むなんて下の下。確実に金賞で、理事長賞をもらえるか否かの状態に持って行かなくてはならない。


さぁ、明日はピアニスト練。あとひとふんばりだ!


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2010/08/10 (Tue.) Comment(0) 指揮者の独り言

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なんのために歌うのか

最近、少々無理をしても体を壊さないので天狗になっていたら、ついに風邪をひいてしまった。声が出ない。練習でテンションをあげようにも、声に力が入らない。


午前中は勤務校の練習。県大会に向けて、より緻密に音楽を仕上げるための領域に入りつつある。そんな音楽体験をほとんどしたことのない生徒たち、特に一年生は、きっと当惑気味だろうけど、当惑させる暇のない勢いで練習を展開している。


心配なのは、つらい練習でへとへとになってふと我に返ったとき、「私はなんのために歌うのだろうか」と考えて、その結果マイナス思考になってしまわないか、ということ。


この「何のために○○するのか?」という命題ほどやっかいなものはない。なぜならそれはとても個人的なことであるし、かと思えば宇宙的ですらあるから。


自分は何のために生まれてきたのか。これと同じくらい難しい命題だ。


この命題に対する答えは、とってつけたようなものでよければいくらでも用意できるし、それらで説き伏せる自信もなきにしもあらずだけど、そんな回りくどいことをするのは正直言って馬鹿臭い。


自分が何かのために生まれてきた、と思うことって実はものすごいうぬぼれではないだろうか?それは他人が評価することであって、自分が思い込むものではないはず。何のために生まれてきたわけではない。ただ単に生を受け、ただ単に生きているだけだ。


そして、主体的に生きているように感じてはいるけれど、実はただ単に生かされているだけであり、そこに掴みうる真実なんて存在してはいない。もしかすると、死ぬときに真実に出会うのかもしれないけれど、そこまでは予測できない。


こう考えてみると、「なんのために歌うのか」って思うことって、なんだかとってもナルシスティックだし自己中心的な思考だと思えてくる。


歌が好きだから、合唱が好きだから、あるいは、友だちが誘ったから、または、ただ単に成り行きで、など、いろんな理由はあるだろう。さまざまな理由とさまざまな立場で合唱をはじめた。


きっと、何かとてつもない大志を叶えるために合唱の道に入ってきた人なんて、ほとんどいないだろう。「俺は世界を変えるために合唱をはじめた」とか、真剣にそう思っている人がいたら、今風に言えばむしろ、キモい。


そう、われわれは何かのために歌っているのではないのだ。もちろん、歌った結果が何かのためになることはありうる。しかし、歌っている今、声を発している今は、「何か」のために歌っているのではない。


いや、そう言えば「何か」のために歌っているかもしれない。そうだ、「音楽」のために、「歌」のために歌っているのかもしれない。


音楽を聴いて、ぞくぞくっという感動を味わう。演奏しながら感動して涙を流す。こういう瞬間のために、音楽をやっているのかもしれない。


・・・・


自分自身への戒めのために記しておこう。「なんのために・・・」という考えが芽生えたら、自分を叱ろう。「おまえ、自己愛も甚だしいぞ。そんなことを思う暇がないほど、わき目もふらずに努力しろ」と。





さて、夜はL団の練習だった。もう、ほとんど声が出なくてぼろぼろの私。ところが、きつーいことを言われながらも、いきいきと歌うL団の面々を見ていると、大人だなぁって感じる。


勤務校の可愛い生徒たちのことは無条件で愛しているけれど、大人なL団の面々もやはり素敵だなぁと、今日はつくづく感じた。


とは言え、今のままで満足していてはいけない。もっと上のステージへ!!!

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2010/08/07 (Sat.) Comment(0) 指揮者の独り言

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夏の日の薄暮

我が家の和室は風通しがよくて、夏の暑い日も夕方になるといい風が通り抜けてゆく。その風が心地よくて、今日は和室とリビングの境界あたりに陣取り、リビングの光をたよりにしばし読書。


和室の電気は点けずにいた。ふと網戸の外に目をやると、すでに日は沈んでいる。夕刻の藍色が世界に拡がり、向こうの方で家々の明かりがぽつぽつと、それとときどき車のヘッドライトが見え隠れしている。


蒸し暑い真夏の、それでも時折風がとおる、この薄暮の刻。


ふと、小学2年生のときに兄と二人でお邪魔した大阪の親戚のマンションを思い出す。大阪は大都市で、幾棟も立ち並ぶ巨大なマンションに圧倒されたし、マンションを取り囲むように立ち並ぶスーパーや飲食店にも驚いたものだった。


マンションのお風呂が手狭だという理由で、親戚家族と一緒に近くの銭湯に出かけた。このときの薄暗さと気温と湿度が、今の我が家の網戸から眺める夕刻に似ている。そんなふうに感じる。


部屋を出て、お堀の脇の道を歩きながらみんなでしりとりをした。おじさんがマンションの方を指さして、あそこがうちの部屋だよ、と教えてくれたものの、え?どこどこ?と全くわからなかった。お風呂からあがったあと、サイダーを飲んで極楽な気分になった。


今思うと、私はあの頃、いろんなことを感じていた。うんと幼い頃から、色とか音とか人々の動きとか、そういった事象にすごく敏感だった気がする。今現在も変わり者だから、きっと「三つ子の魂百まで。」という言葉はウソではないのだろう。


それにしても、もう30年も前の出来事を、一部分ではあるけれど、リアルに思い出すことができるというのは面白い。普段は忘れ去っている思い出が、こうして時間や大気の雰囲気でよみがえる。


そしてよみがえった思い出を、頭の中で反芻させてノスタルジーにひたるのも、悪くないものだ。


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2010/08/06 (Fri.) Comment(0) 指揮者の独り言

プロフィール

HN:
♪うっちい
年齢:
46
性別:
男性
誕生日:
1971/03/23
趣味:
ガーデニング

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