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2017/06/27 (Tue.)

2010
09
15

椿姫

私の大好きなオペラのひとつ、『椿姫』。


勤務校2年生の鑑賞教材として、金曜日からショルティー+ガーデン・ロイヤルのLDを鑑賞する。


椿姫の中でどこか一番好きかって、なんと言っても手紙を書き終えたヴィオレッタがアルフレードの追及をかわしながら「さよなら」と言って去っていく場面。


速いパッセージで心の動揺を歌った後、いきなり立派な声でAmami Alfredo!と歌う。SCOREを見ながら鑑賞すると、なるほどこの人は楽譜のこの指示をこのように表現しているのか、と、また新たな視点から受ける感動がある。





歌い手によって表現の仕方は様々で、そこから受ける印象も様々。どの演奏がいいか悪いか、というよりも、どの演奏が好きか嫌いかとなる。


それにつけてもオペラは面白い。オケも声楽も少しずつかじったことがあり、舞台についても微妙に体験してきたし、作曲はそこそこ勉強した。そんな私のこれまでの音楽体験が、私にとってオペラを特別なものにしている。


普段はルネサンス音楽のことばかり考えているので、なかなか突っこんでオペラに傾倒できない事情はあるが、70歳とか80歳とかになって合唱指揮者を引退したら、一年くらいはオペラ三昧で過ごしてみたいなぁなどと考えている。


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2010/09/15 (Wed.) Comment(0) 指揮者の独り言

2010
09
14

僕の前に道はない

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る


前不見古人
後不見來者


昨日の記事で「違和感」について書いたけれど、勤務校コーラス部での私の1年半は、もしかすると違和感の連続だったかもしれないと、今日、ふと思った。


はじめての女声合唱。
はじめての部活動顧問。
それほど経験がない高校生への歌唱指導。


お手本を追い求めた1年半だった。


ところが、お手本を追い求めすぎた。他校強豪校をお手本にし過ぎたし、選曲も攻めの選曲と思いつつ、奥底では誰かの物真似だったと言い切ってしまってもよい。


生徒たちの力を引き出す努力をして、それについてはかなりの部分でいい線をいっていたという実感を持っているものの、常に何か「変な感じ」を覚えていた。これこそが「違和感」。自分の音楽をやりきれていない違和感。


だからこそ理屈に逃げたのだ。
だからこそ精神論に傾倒したのだ。


ただ、この1年半は無駄ではなかった。


まず、女声のヴォイストレーニングで悩んだ挙げ句、おねいさまを投入。おねいさまからは実に多くのことを教えてもらった。L団での指導にも生きてきている。


また、自分の新たな一面、新たな可能性を発見することができたし、新しい世界に切り込んでいって、その世界に順応する術も若干持っているのだという自信も持てた。


もう迷わない。


自分の前に道が敷かれていなくても、私はずかずかと歩いていく。私には私のやり方がある。あと1~2年、自分がこれまでに十分に経験して自信を持っている部分を思いっきり出していこう。


最近発見できた自分の新たな部分については、ちょっと熟成期間をおいて、数年後にまたふたをあけることにしよう。


生徒のコーラス部での2年半が、人生の中で大きな意味を持つ2年半となる。かけがえのない時間となる。それを約束できる顧問になろう。自分が今までにつけてきた力を、そっくり生徒たちにそそげる顧問になりたいものだ。


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2010/09/14 (Tue.) Comment(0) 指揮者の独り言

2010
09
13

違和感に気付く

最近になってやっとわかりかけてきたこと。


「違和感に気付く能力」を働かせなくてはならないということ。


私はすぐに、「美しいもの」を探してしまう。どこに美しい花が咲いているのか、甘美な香りはどこから漂ってくるのか。どうすればもっと美しい花が咲くのか、どうすればもっと素敵な香りに巡り会えるのか。


私はバラや草花を育てるのが趣味で、かなり没頭してやっている。没頭する原動力となっているのが、「美しさ」を追い求める心であることは間違いない。


そうして「美しさ」を追い求めていると、ちょっとした違和感に敏感になってくる。葉につく虫や病気、土の状態、天候によって左右される植物たちの健康状態。


それらの「違和感」を、毎朝、庭を一通り見回っている際に直感的に察知する。


なぜこの「違和感を察知する目」を、音楽にまで適用してこなかったのか?


たぶん、理屈っぽい私の性格がそうさせていたのだろう。悪い部分をメンバーに説明するためにはああしてこうしなくてはならない。時間をかけて準備しなくては、完璧なものにならない。こういう思いが強くて、間に合わなかったのだろう。


もっと簡単に「違和感」を指摘すればよいのだ。


音がぐちゃっとしたら、「今のところ、おかしい」と指摘すればよいのだ。音が悪いのか、テンポが悪いのか、ディクションが悪いのか、それはその後に確かめればよいのだ。


ただなぁ。


今、L団が取り組んでいる「トーン」については、やはり一朝一夕にはうまくいかないものだ。例外なく、全メンバーがそれぞれに革命をおこさなくてはならない。今までと同じ声を出していては、一歩も前に進むことができないわけだ。


若手が育つのを待つというのも一つの手だけれど、そうしている間に、1年2年はあっという間に過ぎていく。直近の本番には間に合わないのだ。やはり、総力戦で臨むしかない。中堅・ベテランの本気。発声面で革命をおこそうというやる気。これを引き出すしかないなぁ。


トーンとチューンは切っても切れない関係。今できること、できそうなことをたんたんとやる。さぁ、関東大会まで練習はあと5回。


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2010/09/13 (Mon.) Comment(0) 指揮者の独り言

2010
09
06

見果てぬ夢

私と仲間たちの奏でる音楽が聴衆を魅了し、涙をさそう。その光景が、CDや映像となって残り、会場に居合わせなかった人をも、感動の渦に巻き込む。


これが私の夢。


私のCD・DVDライブラリー。どれだけあるのか、数えたことはないけれど、膨大な数のライブラリーと言えるだろう。しかし、何度聞いても感涙の涙を誘う一枚というのは、その中の2~3%だろうか?


身近なところではやはり栗山先生の音楽。OMPの三善:交聲詩「海」、ジンガメルのBYRD:「O Magnum mysterium」、千葉大の6ラテンOlsson:「psalmus CX」。


彩の会の「をとこ・をんな」初演もしびれたものだった。CDやDVDよりも、やはりライブの方が忘れ得ぬ感動となる演奏に出会う確率が高い。


大学2年生の時、関東大会で三善先生の「動物詩集」を演奏した。私の中では自分の歌い手としてのステージのベスト5に入る演奏だったのだが(もちろん指揮は栗山先生)、演奏後、移川先生がわざわざ我々のところにいらっしゃって、「私は今まで三善作品というものを評価していなかったのだが、君たちの演奏を聴いてはじめて理解できた」といった趣旨の賛辞を述べて下さったことがあった。


それに対して若さ100%+愚鈍であった我々(男子)はドミソの和音で「ありがとうございました~♪」とハモってお礼の言葉を歌い、移川先生は「だめだこりゃ」的な表情で立ち去ってしまい、後で女子たちにこっぴどく叱られたものだった(^◇^;)


しかし、今になってみるとものすごいことだと改めて思う。今まで三善作品を評価していなかった人の価値観を変える演奏を、栗山文昭という人間と宇都宮大学混声合唱団がやってのけたのだ。


なお、その年の宇大は、千葉大を超えることが出来ずに関東止まり。宇大はその2年後に同じ曲で全国金賞を受賞したが、千葉大は、永遠のライバルだった。





大学4年生のとき、夏に千葉大の練習に塩を贈りに行った。いや、もちろん塩なんて持参してはいない。ライバル団体を視察に行ったという意味だ。


われわれ宇大は、2年前にも演った三善先生の動物詩集の焼き直し。思い入れのある音楽で、自信を持って練習に臨んでいた。対して千葉大はOlssonの6ラテンより「Psarmus CX」。


圧倒的に鳴りの良い声、端緒に散りばめられた緻密さ、そして何よりも、宇大にはない都会的なデリカシー。私はそのとき直感したものだった。宇大は千葉大には敵わない。栗さんが、「宇大にラテン語は歌わせられない」とぼやいていた意味を、そのときはじめて悟ったものだった。


ところで、もっと驚いたのは全国大会当日のこと。千葉大の演奏にいたく感動した私は、栗山先生にその旨を伝えたのだが、栗山先生は憮然とした表情で「ffはもっと後までとっておけと言ったのに、やつらは制御がきかない!」と言って不満げ。歴史に残るような名演をやってのけているのに、それでも不満なのだ。


そのとき思ったものだ。現状に満足してはいけないのだなぁ、って。


あれから20年近い月日が経過した。私は指揮者として、現状に満足しきって、一歩を踏み出すにも、数センチ単位の小さな一歩しか踏んでいないというのが正直なところ。


L団にも勤務校にも、カリスマを光らせてイッキニカケヌケル的なことは出来ていない。


そこに来て、今年のNコンで真女の演奏を聴き、愕然とした。生徒たちの生徒たちによる生徒たちのプライドが突き抜けた演奏。


そうなのだ。人間、現状に満足していてはいけないのだ。ルーティーンをもっと高いレベルに!日々、向上!気持ちの優しい生徒たちに囲まれて、ぬるま湯で満足していてはいけないのだ。


私の夢を、もう一度確認しておこう。


私と仲間たちの奏でる音楽が聴衆を魅了し、涙をさそう。その光景が、CDや映像となって残り、会場に居合わせなかった人をも、感動の渦に巻き込む。


これが私の夢。見果てぬ夢。


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2010/09/06 (Mon.) Comment(0) 指揮者の独り言

2010
09
02

Tone Tune Diction

私が関係各団に常に言っている合い言葉。


「Tone Tune Diction」


Toneはヴォイストレーニングを含め、その合唱団の声の「色」のこと。「音色」だ。


Tuneはチューニング。正確な音を出す、ということ。


Dictionは歌唱発音。子音の立て方や母音の味、イントネーションなど。



この3つの中で、どれが最も重要かって、やはりTuningだ。これはタリス・スコラーズのピーター先生もおっしゃっている。


勤務校とL団の県大会の録音を聴く。


不思議だ。チューニングが悪いところは音楽があちらこちらに向いてしまって、そこに「心」が感じられなくなってしまうのだ。L団は、おおまかなチューニングはうまくいったものの、やはり出だしとフレーズの終わりが甘くて、甘い部分が続くと音楽が散漫とする。


勤務校は、冒頭からチューニングが悪かったため、伝えたいことがほとんど伝わらない音楽となっている。


おそらく、会場でこの「チューニング」の悪さを聞き分けた面々は、あまりいないはず。「うーん、暗い曲なのかなぁ」くらいの印象は持ったとしても、「ああ、チューニングがおかしい」と切って捨てられる耳の持ち主はそうはいまい。


だけど、チューニングが悪いと音楽に身が入らなくなってしまうものだ。だから聴衆はきっと、「音楽に心がこもっていない」と捉えるに違いない。


うーむ。怖い。


チューニングがうまくいかないだけで、長い時間かけて整えてきた「音楽」が台無しになってしまうというわけだ。


チューニングだな。これをテーマに、これから一年やってみるか。


----------

勤務校は、大会後、すっかり自信喪失してしまって、醸し出す音楽は切ないほどにひねてしまっていた。ゆゆしき事態であるため、今日は歌う前に叱咤激励をしてみた。


強い強い佐女高でいようよ。


休憩中、「○○先生の脚が綺麗」とか言っている一年生の会話に首を突っこみ、「誰先生の脚が綺麗なの?」と興味津々で尋ねてみると、なんと私の脚のことらしい(^◇^;)


脚を褒められたのは生まれてはじめてだ。


「すね毛がいいのか?」


とおちゃらけてみたが、ハーフパンツのときでなく、スーツとかパンツとかをはいているときの膝周りがよいとのこと。


は・。わからない。まぁ、ダメだしされるよりはいいのか?


その後、二頭筋の見せ合いをしたり、おっさんネタで盛り上がったりした。


練習後は、2年生の数名に請われてヴォイストレーニング。前々から思っていることだけど、2年生のやる気は素晴らしい。向上心に溢れている。


とまぁ、1、2年生ともずいぶん仲良くなってきたのだが。


愛する3年生が来週引退してしまうことを考えることが、、、本当につらい。でも、今年は顧問は泣かないようにしよう。なぜなら3年生は、受験をひかえているのだから。涙は験が悪いからなぁ。


それにしても、俺は幸せな顧問だ。生徒たちと「結ばれている」。感謝。



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2010/09/02 (Thu.) Comment(0) 指揮者の独り言

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♪うっちい
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性別:
男性
誕生日:
1971/03/23
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